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油壷マリンパーク思い出語り Vol.2 [雑談]

油壷マリンパークでは「すいぞくかん学園」という名称でさまざまな体験プログラムが行われていた。
バックヤードツアーや餌やり体験などの“定番”だけでなく、時には“こんな体験ができるの!!”みたいなものもあったりして、今回はそんな体験プログラムに参加した時の話。
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オレが参加したのは「1日飼育係体験」。その名の通り、開館から丸1日、海獣チームの作業を体験させてもらうというもの。参加したのは2006~07年頃のことだったので、まだ「すいぞくかん学園」という名称は付いていなかったけれど、今でも鮮明にその日のことを思い出せるくらい、忘れることができない体験をさせてもらうことができた。

集合時間となった開館時刻に集まった当日の参加者はオレを含めて3名。
その日のメニューや注意点などが話された後、長靴を渡され、調餌室へと案内された。
体験イベントだからして、調餌風景を眺めるだけではない。早速、大きなシンクで水に浸かった冷凍サバのブロックをバラすように指示された。
ショーや給餌の準備に忙しい飼育スタッフの人たちからすれば、オレたち参加者は招かれざる客というのが本音だったのだろう。委縮してしまいそうなほどのアウェー感で、正直、歓迎ムードではなかった。
オレの目の前には水に浸かった冷凍サバのブロック。つまり、氷水である。シンクに突っ込んだ手はただただ冷たく、辛い。
ガチガチのサバはまるでほぐれないのに、オレの心は早々に折れ、「こんなの毎日やってるの!? オレに飼育員は無理だな」と、体験イベント開始から30分も経たない内にしっかり悟った。
それでも目の前のサバブロックを何とかしなくてはと、必死になって崩していたら、「皮がめくれるから力任せにやらないで!!」と注意された。
皮がめくれてたって食うだろ? と思いつつも、そこまで求められるのかと、仕事の厳しさはあらためて実感した。何しろ、この作業は日々のこと、なのだからね。
結局、調餌室では氷水との格闘以外に、バラけたサバを軽量し、個体の名前が書かれたバケツに入れていく作業とか、給餌が終わって戻ってきたそのバケツを洗うとか色々と。
最初から最後まで全部やった訳ではないけれど、それだけでも飼育スタッフの大変さはイヤというくらいに体験できた。

調餌室よりも長い時間を過ごしたのが、ファンタジアムのバックステージ。
ショーを準備段階から裏側から見学させてもらった。実際のショーも観客席からではなく、ステージ脇、緞帳に隠れるようにしながらステージサイドからの見学だった。
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そこに案内された時に言われたのが「ここをアシカが通るから、アシカがいる時は動かないで。警戒して噛むかもしれないから」という注意。
そんな説明してくれたのは、雰囲気からしてベテラン感が漂う男性スタッフ。恐らくは現場責任者だったのだろう。オレたち参加者に説明や指示を終えると、着ぐるみペンギンの頭を被りステージへと出ていった。
今でもショーのペンギンはあの時の人が続けておられるのだろうか?
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ショーが始まると、出番を控えたアシカが出てきた。
最初に出てきたメスのアシカはオレに目もくれることなく素早く駆け抜けていったのに、その次に登場する大きなオスアシカはオレの目の前でステイ。その距離は30㎝くらい
大型犬くらいだと思っていたアシカは、目の前で見ると大きさに圧倒されるほどの巨大さ。正直、怖くてチビりそうになりながら言いつけを守り直立不動、というか恐怖に体を強張らせていた。
そんなオレをオスアシカは、誰だコイツ? みたいな顔でチラリと一瞥しただけで特に警戒する様子もなく通り過ぎて行った。ベテランアシカはしなくていいことはしないのだ。
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多分、この個体。08年撮影。

ショーの後はトレーナー体験。こういうプログラムに参加する人の一番のお楽しみだ。
トレーナー氏が連れて出てきたのは小ぶりなメスアシカだった。他の参加者が楽しそうに餌を与えているのを、オレの番はパスでいいのに、と思って見ていたことを思い出す。当時のオレはとにかく海獣が怖かったのだ。
アシカだけでなく、イルカにも指示を出して、何かしらのパフォーマンスをしてもらったと思うのだけど、その記憶がまるでなく、アシカもイルカも怖かったことしか憶えてない。今なら同じことをするにしても、もう少し違った感想を残せたように思うのだけど……
アシカとのトレーナー体験の後は、ファンタジアムのステージを少しだけブラシ掛け。あのステージをデッキブラシでゴシゴシした経験がある人なんて、あんまりいないんじゃないだろうか? 自慢にはなりそうもないが、ちょっと自慢したい経験だ(笑)

その日最後のメニューは、イルカとのふれあい。
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触れたのはこの2頭のどちらか(多分)。08年撮影。

イルカに触ったのもこの時が初めて。
プールの淵に座ったオレの足に身を預けてくるイルカのズシっと来る重量感をやけに意識したこと、新品タイヤのサイドウォールみたいな触り心地だったことはよく憶えている。
イルカをゆっくり撫でていたら、案内してくれたトレーナー氏が「口の中触ってあげると喜ぶんで、触ってあげてください」と。
すると、イルカは体勢を変え、こちらに向けて口をあーん。
当然、そこには細かな歯がずらりと並んでいる訳で…… マジか!! ここに手を入れろと? 再びビビりモード全開。今のオレなら喜んでやるが、当時はイルカのことなんか何も知らないし、沢山の歯が並んだ口の中に手を突っ込むなんて恐怖以外の何物でもない。
だけど“怖い”というのも恥ずかしく、痛い思いや血まみれになることを想像しつつ、意を決して手を出した…… までは憶えているのだけど、口の中の触り心地がどうだったかについては何の記憶もない。
多分、手をちょっと入れたくらい終わったんだろうな。

1日の体験を終え、帰路に就くクルマの中。疲労感と全身から匂い立つサバ臭に包まれながら、何とも言えない充足感に満たされていたことを思い出す。
駆け出しの水族館マニアには、何も知らないイルカやアシカのことを知れる機会だったのと同時に、水族館への理解を少し深めてくれたような1日だった。

懐かしいなぁ、という思いと、こういう記憶が、本当に“かつての思い出”になってしまうことへの残念さ。
やっぱり、よく知った水族館が無くなってしまうというのは寂しいものだねぇ。
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油壷マリンパーク思い出語り Vol.1 [雑談]

残念ながら今月いっぱいで閉館してしまう油壷マリンパーク。

東京住まいのオレには最寄りでこそなかったけれど、それほど遠くないこともあって足を運んだ回数も多く、それなりに思い出を紡いできた施設でもあった。
長い歴史を持つ施設だけに、色んな人がオレと同じように沢山の思い出を作ってきたのだろうと思う。それだけに閉館は残念だが、思い出の一部を文字に残しておきたい。備忘録的な意味からも。

マイファースト油壷マリンパークは37年前。
世田谷区が三浦に所有していた施設(今でもあるのかな?)に小学校の林間学校で行った時のことだ。
その頃の油壷マリンパークはと言うと…… 基本的には今と大きく変わってないない。(その頃から変わってないが正しい?)でも、イルカショープール「ファンタジアム」はその3年ほど前にできたばかりで、まだ新築の匂いが残るようなピカピカの状態。
その時観たショーの内容は憶えていないのに、しっかり記憶に残っているのがショーに登場したオタリアのこと。
“オタリアの〇〇ちゃんです!!”と紹介された黒い海獣を見て、オタリア!? アシカじゃないの? と違和感を持ったからだ。
その頃持っていた動物図鑑に載っていなかったこともあり、オタリアなんていう動物がいることを知らなかったのだ。
という訳で、その時がオレの初オタリア。
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※画像は今年6月に撮影したもの※
もっとも、オタリアとその他アシカ科とを見分けられるようになるのは、そのずっと後のことになるのだけどね。

81年オープンのファンタジアムには太地からイルカが搬入されたが、画期的なことだったらしい。
当時、太地のイルカが供給されていたのは西日本の施設だけ。関東やそれ以北の施設まで生かしたまま運べるのか分からなかったからだ。
その長距離移送に挑戦し、成功させたのが油壷マリンパーク。無事に成し遂げられたことで、以降、他の施設もその後に続き、ここから水族館のイルカは太地から、という流れができたのだ。
もちろん、初めて行った時にそんなことは知らなかったけれど。

水族館1Fのサメ水槽は当時、ピラルクーなどの大型の淡水魚の水槽だったこともよく憶えている。
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とりわけ強い記憶として残っているのが、ピラルクーやレッドテールキャットなどアマゾンの大型魚と一緒にソウギョとかオオウナギが入っていたこと。
当時ウチでも小さなソウギョを飼っていたので、自分の水槽にもいる魚が、憧れのピラルクーと一緒に泳いでる光景に、変な親近感? を覚えたなぁ……
2Fのドーナツ水槽にノコギリエイやシロワニはまだいなかったが、ビックリするほど大きなエイが沢山いたことはよく憶えている。今見たらそれほど大きいものではないのかも知れないけれど、当時のオレにはとにかく巨大なエイが沢山いる!! と驚いのだ。
これまた余談ながら、油壷に初めてのノコギリエイが搬入されたのはその数年後。その時見てはいないのだけど、新聞に載っていたことを憶えている。
今いる個体はその時のものではないが、油壷マリンパークはノコギリエイの飼育、展示にかなり早くから取り組んでいたのだ。

2度めの訪問となったのは、初めてから8年くらい後。この頃、何度か行ってるはずなのだけど、海の魚にほとんど興味のない時期だったからか、この頃の記憶はあまり残っていない。
それでも当時お気に入りだった水槽のことはよく憶えていて、チョウザメ水槽の向かいの角の部分の水槽がアロワナやポリプテルスなど古代魚の水槽で、そこばかり見ていたから。
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2Fのドーナツ水槽が小さなマグロだけの水槽になっていたような記憶も。殺風景な水槽の中、マグロのみがグルグル泳ぎ回る水槽が当時のオレには面白く思えず、残念に思ったような記憶があるのだけど、この記憶はかなり曖昧で、ちょっと自信がない。

その後しばらく疎遠になっていたのだけど、水族館の全国制覇を目指し、手近なところを攻め始めてた頃、油壷に水族館があったことを思い出した。
その前の訪問から15年近くも間が開いたことで結構な変化が。かつていたピラルクーや大型ナマズは姿を消し、ピラルクーがいた水槽にはシンガポールから来た小さなオオメジロザメ(今いるものではない)が泳いでいた。
2Fのドーナツ水槽には、シロワニが3匹、ノコギリエイも5匹もいて、仕切られた区画にイタチザメも泳いでいた。
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昔のコンデジで撮影したその時のイタチザメ。偶然残った1枚。
オオメジロはもちろん、イタチザメを見たのもこの時が初めて。
ノコギリエイにイタチザメ、オオメジロザメ、シロワニやレモンザメもいて、油壷、スゲェ!! と大いに驚かされた。
その頃はまだ行った水族館の数も少なく、オオメジロザメやイタチザメが美ら海水族館にいるらしいことは知っていたけれど、沖縄をはるか遠く感じていた当時のオレには、油壷を介して美ら海水族館を夢見ていた、みたいなところがあったかも知れない。

現在、みうら自然観になっている建物は、当時、DSワンダーという深海生物の展示館になっていて、深海生物専門の展示施設自体が珍しかったのに加え、そこで以前展示されたという生きたミツクリザメの写真を見て“こんなのが展示されたことがあったなんて!!”と心底驚いたこともよく憶えている。
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その時はまさか、生きたミツクリザメをその後何度も見られるとは思ってもみなかった。

大型のサメが充実した油壷マリンパークは水族館マニアとして歩み始めたばかりの当時のオレにとって、もっともお気に入りの水族館だった。
だから、個人的に油壷のピークはその頃だと思ってる。もっともよく行っていたのもその頃。その当時はまだコンデジしか持っておらず、その写真もPCのトラブルの時に失ってしまったので、そのく頃のことは記憶にしか残っていないのが残念。

でも、あらためて振り返ると懐かしいなぁ。

続く…… かも(笑)
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